人を生かすために、人の人生を奪う。老いるということは真剣に考えておく必要があるのではないか?

介護は誰のためにあるのか?

いらっしゃいませ、キクタです。

早速ですがこんな動画を投稿しました。

阿川佐和子さんという作家の「看る力」という本を読んでの感想、レビューといった内容です。

少子高齢化が進む日本では、多くの人が介護に直面するでしょう。
これを読んでいるあなたも他人ごとではないかもしれません。

ここには、そもそもボケ、認知症の進行を遅らせる可能性のある老人の生き方や、介護への負担を軽減する方法などが書かれていました。
というのも、某の母と祖母が同居をしていてお互いストレスを作っています。祖母は軽い認知症と聴力の圧倒的低下に加え、持ち前の我の強さがあるせいで「聞こえるよう言わないお前が悪い」や「覚えとらん、そもそも言ってなかったやろそんなこと」といったような返しが多いです。

母も母で、「何度も言った」「あんたは返事をした」などという始末です。
しかもお互い全く関係ない部分の人格否定や必要以上のプライベートへの干渉といったまさに偏屈な子供の喧嘩でも見ているような気分です。

こういった光景を見ていて、「これが日常だと!?とんでもない!バカなのか?」とすごく悲しい気持ちになりました。

そこでこの本を買って読んだというわけです。
老人には老人のポジション。
介護者(重度、軽度、一緒に住んでいるだけ)には介護者のポジションがあるんだなと。

そして、介護者のマインドセット、今後老人になる自分の未来に向けてのマインドセットが勉強になりました。ひとまず感じた部分を書いていこうと思います。

 

老人にとっての介護者

老人はたまに会う孫など希少性の高い相手には愛想がよく、いつも見てくれる身近な人には敵対心があるような振る舞い発言をすることが良くあるみたいです。

たまにくる相手は自分がしっかりしているぞというアピールなのか、潜在能力が引き出されることがあるみたいです。
そしていつも世話になる相手には、「このくらいならやってくれる」といったように当たり前と思っている節があるのではと。これは老人側の甘えでありエゴであると某は感じます。

老人を労われという風潮がありますが、相手に「感謝」「リスペクト」といったマインドセットの相手には人生の先輩、お世話になった相手、はたまた肉親として労わろう、これまでに感謝となりますが、そうじゃない人はねえ…。

老人にとっての介護者は甘えたい相手であり、傲慢になれる相手なのかもしれません。全く嫌な話ですね。 

子が親の責任を持つ必要はない

日本は伝統(?)なのか子が親の責任を持てみたいな風潮が強いように感じます。看る力でも書いていましたがそんなことは全くないと。そもそも20超えたらみんな独立した1個人なんだしね。

それよりなにより、例えば30代独身の人が仮に介護を頼まれたとしてその後の生き方はどうするのだろうか?再就職先は?となりますよね。仕事の片手間で介護も可能でしょうが相当ハードル高いと思いますよ。
自信の身を削り、未来を捨てる選択が美徳とは恐ろしい風潮と某は感じます。

老人も子供のことを想うなら、自分の持っているお金で施設やヘルパーを頼む方がよっぽど子供のことを考えてると思う。

介護が必要になるまでにその資金を作ること、介護を頼まれてもアウトソーシングをして、会える時は会うようにし、キャリアアップを目指しながら稼ぐ方が生きていくうえでよっぽど堅実と思います。

とはいっても、正社員も危ない時代なのでやはり日々の勉強も欠かせないしやることは多い中あえて自身が身を削り介護をするのはどうかと思います。長い目で見てもお金で行ける部分はお金を使うべし。

「冷たい」「孤独」などといわれそうですがいったいどっちが本当に「冷たい」し「孤独」かよく考えてもらいたい。

 

家族内での介護は精神

これはこの「看る力」で確かに!と感心した部分ですが、「手を抜く」「嘘つく」「関わる人を増やす」は大切だなと思いました。

「手を抜く」は、家族内でやるケースとして自分はプロでないケースがほとんどだと思います。初めから100点取れるわけもないので60点程度の出力が出来ればよいとリラックスして、自分が余裕を持って臨むこと。

「嘘つく」は、後ろめたさを作ることで相手にいつもより優しくできるというメリット。多忙な中自分の時間を作ることでリフレッシュができるし、定期的にガス抜きが出来れば心の余裕も増えますよね。

「関わる人を増やす」は同じような悩みを聞いてもらったり、なるべく介護者を変えることで「やってくれてあたりまえ」の状態を軽減できるであろうという感じです。

やはり、ふさぎ込み、ため込むことが家族内介護の難しいところであるため上記のような方法で少しでも軽減できれば冷静な判断が増えるんじゃないかなと思います。

 

老人はもっと体も脳も使え

老人こそ動くべき、活動すべき、働くべきである。

結局人は、やりがい、生きがい、好きなこと、居場所があってこそ生きる意味や理由が見いだせるので惰性で生活をしていたらそりゃ能力は落ちていく一方ですわ。
さらに下手に介護なんてしてあげたら、その人の生活能力を奪うことにつながるとも思います。

過保護に育った子供のように老人も過保護すぎると生活に必要な能力は無くなりより衰退する一方です。

だからこそ生きがいなどを見つけ、頭、体を使うべきです。
それは働くでもボランティアでも将棋でも何でもいいと思います。

体も脳も衰えるからこそ普段から使っていくべきであり、元気な状態から「ぽっくり」行けるのが本人にも周りにも1番じゃないかなと某は思います。

よっぽどでない限り老人こそ1人暮らしが最適なんじゃないかなと思います。

 

最後に

介護される側、する側、と色々思うことはありましたが、なんだかんだ言ってこの本は基本的な人との接し方について書いていると思いました。

「承認、感謝、多様、価値観との向き合い」これらをかんがえるきっかけになりました。

ここでは触れていないような、いわゆる常識から逸脱したようなエピソードがたくさん出てくる本です。現在介護中や興味のある人は是非読んでみるといいんじゃないかなと思います。

我が親にも状況が改善できるようにここで得たことをそっと伝えてみようと思います。それとこれはアドラーのような考え方ですが、結局はその状態にいるその人の問題なので伝えたうえで、本も渡して経過を見ていきたいと思います。

【過去記事】承認欲求を手放し、利己的に生きると幸せに近づける!かもしれないという話

看る力 アガワ流介護入門 (文春新書)

 

最後にもう一度動画を貼っておきます。ここまで読んだ方は是非。

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某の名はキクタと申す。
月7万円以内でどの程度の生活ができるのか実験中です。
大分県大分市という田舎でまったり生きています。
今後はセブンイレブン店長の予定。
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